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ヘンテコ物語。



アイルランドに住んで、楽しい事もたくさんありますが、もちろん、変だなぁ、と思うこともたくさんあります。
そういったヘンテコなコトをここで笑ってしまいましょう!と思って更新を進めて行きます。


(主に)アパート問題総決算。 2004年2月

 日本人出張者のエンジニアと社食でランチを食べながら、滞在中色々なヘンテコなことを話して、こんな事もあった、あんな事もあったと盛り上がりました。V社との長期の契約も終わりに近づき、やはり、ここで総決算という事でまとめることにしました。

●ウィンドミルアパートで、滞在中に電話線がとうとうつながらなかった。(なんと滞在計6ヶ月の間につかず。Eircomeの対応の悪さを思い知らされました。日本人出張者がNTTと比べてブーブー言っていた気持ちはよーくわかりました。)

●ウィンドミルアパートで、滞在中に見知らぬ人が勝手に鍵を開けて入ってきた。

●ウィンドミルアパートで、ボイラーバースト(破裂)!

●ウィンドミルアパートのエレベーターが壊れていった。
 最初はエレベーター内の電球がなくなり(おそらく誰かが持っていった?)、ドアがなくなり、挙句の果てには、エ  レベーターが中途半端な位置(階と階との間)で止まってしまった。

●マウントケネスアパートのエレベーターの電源が最初の3ヶ月切れていて、6階に滞在した人は階段の上り下り が大変でひどい思いをした。

●新築だけれども未完成なオークレイウッドのアパート。
 キッチンの戸棚の取っ手が付いていなかった、キッチンの戸棚になぜか工具(ドリルなど)がそのまま置かれていた、ところどころにアラーム用の配線が垂れ下がっていた、壁に穴があいていた、等など。

●オークレイウッドアパートの怪奇現象。
 ある日、Mさんが靴下を脱いでポイと壁際に放ってテレビをしばらく見て、さぁ寝ましょうかね、と思って靴下を拾うと、何と靴下がグッショリ濡れていたそうです。そして、じゅうたんはビシャビシャで、ふと壁を見ると壁から水がしたたっていました。壁の中をつたっている水の配管が破裂した模様。アイルランドのビルダーさん、やってくれます。

●オークレイウッドアパートのトイレがちゃんと流れてくれない。(こういうトイレこの国に多いですよね。)

●オークレイウッドアパートで空き巣に入られる。(でも、結局何も取られなかったそうです。不幸中の幸い。)

●オークレイウッドアパートで、大家さんが電球を換えに来てくれた時に、庭の芝生がボーボーだったのを見て、”草はこうやってむしるんだよ。”っと説教されたこと。

●アナコッティアパートから変わった景色。
 (牛編)
 ある朝、社食で朝食を取っている時に、エンジニアのMさんが、”サリーさん、今日は凄いものを見てしまいました。”と切り出してきて、話を聞いてみると、前の晩から牛がモーモー鳴いているのが夜通し聞こえ、アパートの前の川を見ると牛が1頭川の中にたたずんでいたそうです。警察に通報した方がいいものかどうか、と聞かれました。私も、どうしていいかわからず、ただ牛の持ち主が必ずいる訳ですから(野良牛は聞いたことがないので)、とりあえず、様子を見たほうがいいのではと言いました。結局、その日のうちに引き上げられていたそうです。

 (車編)
 ある晩に普通に駐車場に停まっていた車が翌朝また川にボチャンと落っこちていたとのこと。駐車する際にバックしすぎたかも??

●グレンサイド33のダイニングテーブルが割れ、フローリング材が持ち上がってしまいドアが閉められない状態になる。(夜バキバキ音がしてポルターガイスト現象かと思いきや、ヒーターの温度を下げたら直ったそうです。)

●レンタカー(イタリア車)の車両不備のため、全ての車をオペルに変更。

●第二野戦病院(St.John's Hospital)に採血を届けに行った時のこと。
 ただでさえ薄暗く古い建物ですが、血液検査の受付は、地下にあり、思いっきりコンクリートを壊すような工事をしている横の小部屋におばちゃんが”受け付けますよー。”と言ってチョコンと座っていました。それにしても、病院とは思えない環境。地下の階段横のトイレの汚さと言ったら、最悪。絶対にあんな病院に入院はしたくないです。

●ラスバーンのゴルフ場でアジア人だからという理由で、石を投げられてきたこと。
 当時のV社のプロジェクトマネージャーに報告したところ、アイリッシュの彼は許すべきことではない!と言って、ゴルフ場に直接クレームをして、それ以来、問題のティーショットの場所が民家から離れた位置に変わったとのこと。(でも、これは笑ってすませることではありません。私自身、この地の住民として凄くショックを受けました。)


 
リムリックの病院でのお話。(野戦病院と言われてもしょうがない?!)  2003年5月

 それは、5月のある日。1ヶ月以上前に、病院のある専門医に診察してもらうためのアポイントメントの手紙が届き、職場復帰2日目でありながら、会社を抜け出して、リムリックのRegional Hospitalに行きました。
 
 もともと、この診察は去年の今頃に終わっているはずだったのです。去年の2月頃に私の掛かりつけの医者Dr.M(女医さん)が専門医の意見を聞いたほうがいいと、Regional Hospitalに電話を何度かして下さり、それでも、何の連絡も来なかったため、私は放っておきました。たまたま、ショーナが風邪を引いて今年の一月にDr.Mに見てもらった時に、”専門医に行ったのでしょう。結果はどうでしたか?”と聞かれ、電話も手紙も何も来ないことを伝えたら、Dr.Mが手紙をこの専門医に出してくれ、ようやく5月のアポイントメントとなったのです。放っておいた私も私ですが、そんなに深刻ではないだろうから、別に診察にわざわざ行かなくてもっと思っていたのでした。
 
 アポイントメントの時間は9時15分。9時過ぎは、受付に行ったところ、すでに3人ほど待っている人がいました。係りの人は遅刻して、受付が始まったのが、9時30分近く。それから、続々と患者さんが現れましたが、比較的早く忙しそうな看護婦さんに呼ばれ、診察室へ通されました。
 "先生はすぐにいらっしゃいますからねぇ。"と決まり文句を言われ、持ってきた小説を読み始めました。診察室は、どこも同じですが、殺風景で、しかも何一つ音がしないほど静かだったので、私はシメシメと思い、そのまま本の世界へ。
 ”それにしても、待たされるなぁ。”と時計をみると10時半をまわっていました。
 ”私の番を飛ばされたんだ。まぁ、よくある話だ。”と思っていたら、看護婦さんがノックしてドアを開けて私を見るなり、”あなたは、Mrs.○○ではないわよねぇ。あれあの人どこ行っちゃったのかしら?”とか何とか言って、ドアをバタン。
 ”看護婦さん、私の顔を2度も見ているんだから(しかもめずらしいアジア人)、まぁ、忘れる事はないか。”と思い、また本を読み始めました。
 それでも、待つ事数十分。誰も診察室に入ってきません。職場の人たちには、お昼には帰ってきます、と言ったもののこのままだと、まじめにお昼すぎになってしまうっと、こういった対応に慣れている私も焦り始め、看護婦さんに聞いてみようと、重たいドアを開けたらびっくり仰天!通路にたくさんの人が溢れていたのです。みんな、専門医の診察を待っている人々。その数、はっきりは数えられなかったけど6,70人以上いたはず。中には、ヨボヨボのおじいさんおばあさんもいて、今にも入院が必要みたいな顔色でした。そりゃ、病院であんなに待たされたら、誰だって気分は悪くなります。
 運良く通りかかった受付をしてくれた事務のおねえさんに、”何かあったんですか?ずっと待っているんですけれど。”と言うと、感じよく、”先生は今到着しましたからね。もうちょっとの辛抱よ。”と言われました。
 ”え?先生到着って、2時間以上も遅刻? じゃ、この待合室と通路にいる人たちの診察が終わるのって、明日になっちゃうってこと?それなら、もうすぐ診察を受けられる私はラッキーなほうなんだ。フムフム。”と無理やり自分を納得させ、辛抱強く待つ事10分。
 想像とは全く異なるタイプのすがすがしい若目の先生が入ってきました。先生は、よい先生で、なぜにこんなに遅れたのでしょうか?と聞きたかったけど、こういった質問をこれから何十人という患者さんに聞かれるんだろうなぁ、と思ったので聞きませんでした。
 合計で、2時間半待ったことになりました。再び、診察を受ける事になったのですが、次回が2時間半以上待たされるようでしたら、またパート2を更新します。(そんなことあって欲しくないけど。)

<補足>野戦病院と言ったのは、一緒に仕事をしているT社のSさんです。2年前に、彼をリムリックのSt.John's Hospitalにお連れした時、たらい回しにされた挙句、結局、目的としてきたレントゲンは撮ってもらえず。病院内を歩き回った時に見た光景(病室や廊下が決して清潔とは言えない、廊下を歩いていると、ベットに寝ている患者と接触してしまうぐらい幅が狭く薄暗い廊下、明らかにスタッフが足りないのだろうと思われる看護士さんたちの対応等)を見て、”ここは野戦病院だ!”と言い放ったのでした。
しかし、あの時の病院の対応もひどかったです。あれで、私の寿命は10年以上は縮まったと確信しました。

電気技師ジュロームの証言。 2003年1月
 
 これまた、家関係のお話です。アイルランドで家を購入しようと考えている方は、新築の場合は特に厳しくチェックした方がよいかと思います。

 ジュロームはV社で一緒に仕事をした南アフリカ人の電気技師です。彼とは結構話が合って(特にアイルランドの家に関して)、いろいろな話を聞きました。
 
 普段仕事に真面目なジュロームが、朝一番のミーティングに何回か出てこない週がありました。どうしたの?と聞くと、”ランドロード(大家さん)を捕まえて、家の実状を訴えてきたんだ”、と言う事でした。色々細かな事があったようでしたが、主に訴えてきた点は、

●彼の住んでいるアパートは4件連なっている一番端で、普通は排水溝が真ん中にあるのなら、端から水が流れやすいように傾斜(上から下へ)をつけるはずなのに、なぜか、彼のアパートは端のほうに水がたまるように下から上への傾斜となっている。つまり、端には排水溝などないので、常に水がたまりっぱなし。部屋の中のシャワー、トイレ、キッチンの排水が出来ない状態とのこと。

●電気技師の彼は、アパートに移ってから、やはりテレビは必要だな、ということでテレビを取り付けたが、全くテレビが受信できない。壁にはちゃんとソケットが付いているし、それにケーブルをつなげて…はて?ということで、電圧が計れるマルチメーターで調べると、そこには電気が来ていない。結局、ソケットは飾りで、電気工事はされてなかった。

●シャワー、トイレの水圧がとにかく低い。など。

 結局、後日ランドロードがお菓子折りを持って謝りにきたそうです。(これはアイルランドではめずらしいかも!それか、ジュロームが相当言ったのかもしれません?)
 彼にキラルーに越したいけど、いいアパートはないか?と相談されましたが、新築アパートが川沿いにあるけど、新築だとそれなりに大変だと思うよ、っと言ったら、大笑いしていました。いまだに、アナコッティーに住んでいるのかな?

びっくりガスオーブン事件。 2003年3月(事件が起きたのは1996年)

 かなり古い話ではありますが、家関係の話、ビルダー(建設業者)関係の話をする時に、必ず話題にしてしまう事件です。

 それは、1996年のクリスマスイブの話です。クリスマス数日前から、西部アイルランドはゲール(強風なんてものではないくらいの強風)と豪雨が続き、その頃、住んでいたRaheen,Dooradoyle辺りはほとんど停電になってしまいました。幸い、私達の家は停電にならずにすみ、友達夫婦のGとJ子さんが、実家のオーブンは停電のため使えないから、クリスマスディナーのターキー(七面鳥)を焼くのに我が家のオーブンを貸してくれないか?ということで、我が家にやってきました。どうぞどうぞと言う事で早速使ってもらい、私とドンドンは、クリスマスですからドンドンの実家に向かいました。夕方になり、Gから連絡が来ると、”8時間近くオーブンに入れているのに、一向に出来上がる気配がない。まだターキーは生。”とのこと。いくらターキーでも8時間もオーブンに入れれば普通は丸焦げのはずです。その段階で、私は不吉な予感がしました。オーブンが取り付いたのは、つい数日前の話で、実際に私は使ったことがなかったのです。
 結局、GとJ子さんは、近所の友達にまたオーブンを借りて何とかターキーはローストできました。
 なぜ、オーブンの火は見えているのに、ちゃんと料理できなかったのでしょう??後から、わかった事は、オーブンを購入したお店の手違いでそのオーブンはボトルガス(昔で言えばプロパンガスの小さいタイプ)用の配管がされていたとのこと。取り付けた業者の言い分は、よくわからなかったけど付けてしまったとのことでした。後日、オーブンは返品して、ナチュラルガス用の配管になっているオーブンを取り付けて、一件落着しました。”大きな事故にならなくってよかったねぇ、”っとドンドンが言っていましたが、私は何かが違う、何かが???と胸に秘めていました。
 お店側も、取り付けた業者も、申し訳ありませんの一言もなく、お客であるドンドンが、ホッと胸を撫で下ろしている構図。。。でも、今の私は、それも有りだな、アイルランドっと言えるようになりました。人間ができたせいでしょうか?

突然のアパートメント解約事件。 2003年1月

私が現在働いているV社には、約2年間常にT社から10数人の日本人出張者が働いています。リムリックにはコンドミニアム型宿泊施設(小さいキッチンが付いているホテル)がないので、V社が地元の不動産屋を通して法人契約をしてリムリック郊外に何件かのアパートとセミディタッチトハウス(Semi detatched house/2軒長屋風の家)借り、出張者はそこに滞在しています。
家にまつわる話は色々ありますが、やってくれました!このお話が今までで一番キツイというか馬鹿げた話です。


現在、V社は7件件法人契約でアパートを借りているが、契約は今年の6月までとなっている。それなのに、昨年9月ごろに突然2軒の前庭に”For Sale"の看板が立った。もちろん、この時も抗議したが、大家が売りたいということなので物件を見に来る人は必ず前もって知らせてくれればいい、と言う条件をだして妥協したが、結局のところ、アポイントメントをとっての見学は一回としてなかった。

新年早々、アイルランド入りをした日本人出張者は、エアリンガスの1時間遅れのためアパートに着いたのが夜中12時。そして、問題のアパート151に足を踏み入れるや否や、ビックリ!このアパートに今までの日本の食材、出張者の私物、ゴルフバック、マージャンパイ、それにV社支給のテレビ、電話機、布団、シーツ、枕等をクリスマス前にまとめて置いておいたのが全てがなくなっていた。そう、まさに、ALL GONE!状態。冷蔵庫も中は空っぽで電源まで切れていて、全部屋がきれいに掃除されていた。唯一残されていたのは、なぜか作業靴一足。

翌朝、私はこの報告を受け、V社の窓口になっているA女史に事実を告げた。彼女とのこういったやり取りは2年近くやっているが、さすがのA女史も開いた口がふさがらない状態だった。

”空き巣に入られたんじゃないの?”
”空き巣は冷蔵庫や全部のお部屋を掃除なんてしていかないでしょ。”
”おかしな話しよねぇ。”
”151は、For Saleの看板は立っていないし、今まで一度も見学者は来てないのよ。”

不動産屋が始まるのが9時半と言う事なのでしばらく待てということで午前中ずっと待っていた。たまたま、他の件でお昼ごろ彼女のところへ行ったら、

”落ち着いて聞いて。あの151のアパートは売却されたんだって。しかも、不動産屋が家のあるもの全てが金額に含まれていると言って売ったから、所有者が現在の大家さんになるって。”

”え?そんな馬鹿な! 法人契約を交わしている同じ不動産屋が売ったの?”

”担当のNは、同僚が売っちゃった!とか言ってるわ。とにかく、私物を元通りに返してもらうように今手配したから。日本食に関しては、残っているとは思えないけど念のため聞いておいたから。”

結局この話は、V社のトップを巻き込んで不動産屋とかなりもめたらしい。
住んでいる人が明らかにいるとわかっていながら、しかも、借り手に何の連絡もなく売買するとは。しかも、勝手に私物を処分してしまうなんて。

今は、また普通に契約は続行の形になり、T社の出張者は止むを得ず151を使っている。